期せず迎える事になった初陣を終え、無事帰還を祝う祝宴から数日。
マーリア=ヴァン=シュトルムは自室にて端末に向かっていた。
本国にいる養父にメールを送る為である。
「やっぱり、ちゃんとお父様に報告しなきゃね。」
端末を操作し、メールソフトを立ち上げる。すると、受信を開始し、新着メールがある事をマーリアに告げる。
「何かしら……?」
なにげなく、そのメールを開いてみる。書いてあることはたった数行である。
「……強制帰国命令ですって…………?」
急な話だった。卒業試験まであと1ヶ月もないのだ。そんな時にこの様な命令がくるとは。
おそらくはこの間の出撃が鍵なのだろう。しかしなぜ本国はこんなことを……。
「何故……??」
そうつぶやくと、マーリアはぎゅっと瞼を閉じた。まるで目の前の現実を否定するかのように。

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 マーリア=ヴァン=シュトルム、24歳。国籍ケネスリード。
赤ん坊の頃に養父であるリトリッヒ=ヴァン=シュトルムに拾われる。
親一人子一人の家庭ではあったが、リトリッヒの愛情に報いるかのようにすなおでまっすぐな少女に育つ。
かつて軍人であったリトリッヒの希望もあり、ケネスリードの士官学校に入学。
ある程度の成績でこれを卒業。その後、本人の希望もあってイブコーア士官大学に入学。今にいたる。

「わかった。事務手続きを行っておこう。」ロッジェス教官の言葉が投げかけられる。
本国からの強制帰国命令からたっぷり1週間以上たったある日、マーリアは教官室に赴いていた。
「よろしくお願いします、教官。」
教官は何も聞かない。それは必要以上に生徒に干渉しないための彼のスタンスなのだろうか?
そうであったにしろなかったにしろ、今のマーリアにとってそれはどうでも良い事だった。
今なにかを言われたら、おそらく決心が鈍ってしまいそうだったからだ。
「……失礼します。」
表情を見せないようにして教官室を退室する。ロッジェスの目がこちらをじっと見ている。
そのままここにいると心の奥底まで見透かされそうな気がしたマーリアはまるで逃げるように教官室を後にしたのだった。

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恐怖。
形の見えない得体の知れない恐怖。
しゃくしゃくとりんごの実をかじるようにけずりとられていくような感じで心がけずり取られる。

『いいの?』
「いいの。」
『従っていればよかったのに。』
「でも私は納得できないの。」
『いいじゃない。それでも。』
「よくないわ。よくないのよ。」
『なぜ?』
「私は良心に従って、自分の正しいと想ったことをしたの。それを本国のお偉方に汚されるなんて我慢できないの。」
『いいじゃない、それでも。』
「なんで?」
『世の中そんな風に出来ているんだから。』
「駄目。そんなの駄目。」
『どうして?』
「私が私じゃなくなってしまうから。」
『つまらない意地を張るのね。父親に会えなくなってもいいの?』
「よくないわよっ。でも、今このまま帰ればきっとお父様にも迷惑をかける。」
『へぇ?そうなの?』
「そうよっ。だから私は帰らない。帰れないのよ。」
『建前ばっかり。綺麗事ばっかり。自分のわがままの為に故郷を捨てるくせに』
「!!!」

もうひとりの自分がにたりと笑う。まるで私をあざけるように。
そして血のような闇が私を飲み込もうとする。おぞましい触感が肌をはいあがる。

そしてそこで目がさめる。亡命申請を出しにいってから数日。
この数日同じ夢ばかり見る。
パジャマがぐっしょりと濡れている。
嫌な汗が噴出しているようだ。
仕方なくベッドから降りて着替えることにした。

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 時刻は昼過ぎ。士官大学の談話室でみんながくつろいでいた。

「ね、タカヒロ。これからデートしない?」
ナナセ=タカヒロ候補生の腕を取り、そう言ってみる。
この所、マーリアはタカヒロと一緒にいる事が多くなった。
いつの頃からだったろう?『この人といっしょにいたい』そんな感情が芽生えたのは。
「男子なら僕じゃなくてもシンだっているよ?」
うろたえながら、タカヒロがそう言う。
「(鈍いんだから……)」
ちょっとだけ心の中でつぶやいてみる。
「(でもこの人といるとほっとする……。悪いこともみんな忘れられそうなほど……。)」
そして言って見る。
「あなたがいいの。」
「え?え?」さらにタカヒロのうろたえかたが激しくなる。
「(そんな所もかわいいんだけど……)」
そうやって心の中でくすっと笑ったその時、背後から無粋な言葉が投げかけられた。
「安心しろ。ロリータ・コンプレックスの気はない。」
シン=イワハラ候補生だった。目つきの鋭いその青年は、鼻でふっと笑うようにそう言った。
「……あ、さすがにそれ、ひどいよ。」
タカヒロが気まずそうにそっちを見て、小声で言う。
「ちょっと、どういう意味かしら?シン?」
「言葉通りの意味だよ。お子様には興味がないってことさ。」
普段のマーリアなら、笑って受け流しただろう。
だが、今日のマーリアはそれだけの精神的余裕がなかったといわざるを得ない。
「今の発言を取り消しなさいっ!シン=イワハラ候補生!」
そう言ってシンに詰め寄る。
「人の身体的特徴をあげつらって馬鹿にするなんて、許せないわ。」
「やれやれ、お子様にはつきあってられねぇな。」
そう言ってくるっと背を向けて退出しようとする。
「待ちなさいっ!卑怯者っ!」
気づいたときにはそれをシンに向けていた。
演習用に用いる自動小銃。
いかな演習用といえど、その威力は寸分たりとも変わるものではない。
射撃訓練の際に間違って持ってきてしまっていたのを、後で返そうと思って、持っていたものだった。
「わーったよ。好きにしろや」
手を上げて降伏の意思を示す。
スライドを引いて弾丸をチャンバーに送りこむ。
「悪魔にでも祈るのね。」
自分でも望まない、底冷えするような声でそう宣言するのを、マーリアはまるで他人事のように聞いた。
「……だめ。」
タカヒロの制止の声が遠く聞こえる。
「そこまでにしておけ」
そんなマーリアをロッジェスの低い声が現実へと引き戻した。
「原因を聞こうか」険しい顔でロッジェスが問う。
「……身体的な特徴を指して侮辱されたんです。」
「冗談でも銃口を人に向けるな、と士官学校で習わなかったか?」
「……はい、教官。」
「まぁ、何を言われたのかは聞かんが・・・誰に言われたんだ?」
「見れば分かるでしょ?」ちょっと不貞腐れたような感じでシンが答える。
「シン=イワハラ候補生です。」
「他の者、事実なんだな?」
それに答えたのはタカヒロだった。
「あー、はい。客観的事実としては……」
追随するようにシンがそれを認める。
「事実ですよ。確かに言い過ぎました」
「私も頭に血が上りすぎました。戦場じゃ長生きできませんね……」
さっきまでの自分の言動に恥じ入るように、マーリアがつぶやいた。ロッジェスがことさら静かに告げる。
「まずはイワハラ候補生、謝罪が先だな。シュトルム候補生も銃口を向けるのは失礼だろう?」
それに答えてシンが謝罪の意を表明する。
「軽率、無思慮な発言、失礼いたしました、マーリア=ヴァン=シュトルム候補生」
マーリアは顔から火が出る思いだった。そして詫びた。
「いいえ、こちらこそ大人気ない行動を恥ずかしく思います。申し訳ありませんでした、シン=イワハラ候補生」
それを確認してからロッジェスは処分が言い渡した。
「イワハラ候補生は自室において謹慎を命ずる。」
「はっ」
「同シュトルム候補生、銃を乱用した罪は重い。48時間の営倉行きを命ずる。」
「わかりました。教官。」
が、そこに異議を申し立てたのは、当のマーリアではなく、シンだった。
「……教官、それはあまりに不公平な処置かと思われますが」
「いいえ、いいのよ。シン=イワハラ候補生」
それをさえぎるようにしてロッジェスが言う。
「だが、今は監督官が不在だ。監督官の希望はあるかね、シュトルム候補生?」
「選んでもいいんですか?」
「許可する。」
おずおずとタカヒロがロッジェスに進言する。
「……教官、僕らもですよね、営倉行きは。あの、即時止めなかった僕らも同罪だと思うのですが。」
「とは言っても、営倉の数は多くない。が・・・」
「とはいっても責任は全体で見る物、ですよね?」
「その通りだ。が…」
「……ふぅ、さて、どうしたもんでしょう。」
「ふむ……」
「では……、シュトルム候補生に48時間の独房行きを命ずる。」
「わかりました……。」
「ナナセ、イワハラ両候補生は、シュトルム候補生の監視をかねて、同じく48時間の営倉行きを命じる。残りの者は自室において同時間謹慎せよ。」
力なくうつむいたマーリアは、つぶやくように言葉を漏らした。
「ごめんね…………タカヒロ…………」
「うん……気にしないでいいよ。こっちこそごめん……」
ロッジェスに連れられて、マーリア、タカヒロ、シンの3人は雑談所を出ていく。
その出口のところで一部始終を見ていたミテレスが、すれ違いざまにマーリアに言った。
「……まったく、無茶したわね、あんたも。まぁ、後でなんかもってったげるよ…こっそりとね。だからそんなに気落ちするんじゃないよ。」
そんなミテレスの言葉に、マーリアはただただ申し訳無い思いだった。
「ごめんね、みーちゃん…………」

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がちゃっ。金属製の鍵のかかる音が無機質な空間に響き渡る。
ロッジェスは鍵を閉め終わると何も言わず出ていった。
空気の冷たさが、まるで空間さえも凍てつかせようとしているかのようだ。
「ごめんね、タカヒロ……」
さっきから唇をついて出てくるのは同じ言葉だった。
「……それ言うの、今ので最後だよ、マーリア。」
まるで兄が妹に言うような口調で、タカヒロが言う。
二人を厚い鉄の扉がへだてているため、お互いの顔は見えない。
が、タカヒロはマーリアが泣いているのではないかと思えたのだった。
しばらく重苦しい沈黙が続き、やがてマーリアがぽつりぽつりと話し出した。
「わたしには、お養父様がいるの……。赤の他人の私を育ててくれた……」
「…………」
「今回の事でもうお養父様には会えなくなってしまうんだろうなって思ったら、申し訳なくて……」
「…………」
「でも今の状態で戻ったら、きっとお養父様にも迷惑をかける……」
「だから私は亡命を決意したの……」
タカヒロは続きをうながすでもなく、ただ黙って聞いていた。そして、ぽつりともらす。
「………前もって、相談してほしかった、な………」
ふぅっとため息をつくような音が聞こえる。
「そう……だね……」
そして『でも……』と続ける。
「タカヒロ、優しいから……」
「だから、あなたには言えなかった……」
「……」
「だけど、かえって迷惑かけてる。私、ダメな女の子だね…………」
ぽたぽたと涙が落ちる音が聞こえるような気がした。
「僕のは偽善なのかも、知れないよ……」
「偽善でもいい……。あなたと一緒にいられたら……きっと私強くなれる……」
数瞬の沈黙の後、タカヒロの唇から古い詩が流れ出る。
「人はいさ、心も知らず、ふるさとは……………花ぞ昔の、香ににほひける。」
「え……。」
「人の心なんてころころ変わる。変わらないの花の香りぐらい…………マーリアは信じる?」
その意味を噛み締めるように。
「そうだね、人の心って変わっていくものかもしれないけど…………でも、それでも信じたいよ……変わらないって……花の香りのように……」
「そっ、か・・・」
納得したように、ふっと笑う。
「私は弱い子だよ……。ねぇ、タカヒロ……私の傍にいて欲しいの……」
すがるように、つぶやく。
「………………はぁ、やっぱりだめだね。……ごめん、これっていった答えは出せないよ。」
その言葉に拒絶の冷たさはなく。
「これからさきもずっと???」
そう尋ねる。
「もうすこし、待ってもらえないかな……。」
悩んだ末に出した結論。
「いつになるかは……解らない。」
希望。
「まだあきらめなくてもいいの?私……?それまでは傍にいていい?」
微笑みながら。
「僕はとんでもない偽善者かもしれない、けどね……」
一旦、言葉を切り。
「……友達じゃ、だめかな……」
そう優しく尋ねる。
「それでも……いいよ。私には過ぎた幸せだわ……」
かすかな幸せ。今は本当に小さな光のかけらのような幸せ。
でも、きっと、いつかは……。

(to be continued???)

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