輪廻戦記ゼノスケープ
〜クレセント・ヴァルキュリア〜

著:南雲仁

その少女、高村悠(はるか)は走っていた。
背後より迫り来るなにか異質なものから逃げようとしていた。
それは不定形な影のまま、悠に近づいてこようとしている。
足元がおぼつかない。走りにくい。

何故?
どうして?

ぐるぐると頭の中を疑問符が駆け巡る。
ついさっきまで唯達と三ノ宮センター街を歩いてたはずだ。
ウィークディとは言え、もう6時をとっくに回ってるこの時間帯
センター街には人があふれてるはずだった。
だが今、悠が走っているのはデザインされたレンガの道ではなかった。

ガレキだらけの道。
あたりは大災害でも起こったかのように、一面が焼け野原になっている。

「どこへ行こうというのかね?月の戦乙女(クレセント・ヴァルキュリア)よ?」

青年の声が後ろから追いかけてくる。
余裕があるのかゆっくりと歩を進めているのがガレキを踏みしめる音からわかる。
声こそ若いが、話し方のそれは、まるで壮年の男性のようだ。

振り返る。影がゆらめく。不定形だった影は、すっかり人の形を整え、しっかりと大地を踏みしめて歩いていた。
ゆっくりと獲物を追い詰めるかのように足を運ぶ。

足元の小石がただでさえもつれ気味になっていた足を掬う。
あっと思った次の瞬間には太陽に焼かれて土の香りを強く放っている地面へと投げ出されていた。

「おやおや。鬼ごっこはおしまいかな?」

あざけるようにそう笑う。

「昔のキミは、もう少し手ごたえがあったものだがね。」

さっきよりずっとその姿が鮮明になる。
まるで中世の時代から抜け出してきたような騎士の姿。
いや、それよりはやや軽装か。その右手には剣呑な光を放つ剣が下がっている。

「変わらぬな、ロドヌス。」

その声を、悠はまるで他人の声のように聞いた。が、その声は、確かに自分の口から出ている。

「あなたは変わられましたな、クレセント・ヴァルキュリア セリスよ。」
「変わらぬものなどないはずなのだ。変わりつづけていく事が、前進していく事が人にとって大切な事なのだからな。」
「そうですかな?変わるという事がすべからく善ではないとあなたもご存知のはず?」
「そうだな。貴様がそうだったな。」
「おっしゃられる……。」

唇を噛み、言葉を切り、拳を握り締める。
ややあって、セリス(=悠)が口を開く。

「さて……。なぜ死んだはずの我々がこのような場所にいるのか?答えてもらえるのだろうな?」
「…………転生ですよ。」
「…………転生だと?」
「永い時を超え、現身にやどり、ふたたび蘇ったのですよ。今度こそこの世界を我が手にする為にね。」
「……迷惑な話だ。」
「あなたも選ばれたのですよ。この世を統べるべき存在としてね。」

セリスと呼ばれる存在が、ロドヌスと呼ばれた騎士風の男と会話をしているのを、まるで体の内側から見るような感覚で悠は聞いていた。
二人が話している内容は、およそ現実味を持たないものだ。少なくとも21世紀の現代を生きる女子高生にとっては。

「断る。」

セリスがそう冷たく言い放つ。

「また拒絶するのですか、あなたは……?」

返すロドヌスの声も凍る。
風が時間を押し流す。数瞬の間の後、ロドヌスが口を開く。

「この手段はできれば取りたくなかったのですが……やむをえませんね……。」

手にもった長剣がぎらりと光を映す。
セリスが体を固くするのが、感覚を共有する悠にもわかった。が、いかんせんセリスには武器がない。
肉体は悠の体だ。あの光に切り裂かれれば、『悠』が死ぬのだ。

セリスに体を奪われたまま、悠は叫んだ。声なき声で叫んだ。

死にたくない
死にたくない……
死にたくない…………

死にたくないっ!!!

その時、変化が起こった。セリスの意識と悠の意識が近づいていく、いや、融合していくような感覚。

頭の中に悠の声で、セリスの意思が響く。
『私はお前、お前は私。過去を受け入れよ。未来を紡げ。お前は、黄昏の戦士なのだ。』

不思議とその声には説得力というか、力があった。
悠は瞬時に、真面目に考えれば、そんな事は小説や漫画の中でしか起こりえないと笑い飛ばしてしまうだろう事を、頭ではなく心で理解した。

意識の融和。というより、自分がより自分になっていく、そんな不思議な感覚。
心から体まで行き渡る意識。
その感覚とともに、悠の全身は神々しい光の鎧に覆われ、その手には一本の不思議な輝きを放つ長剣が握られていた。

「なるほど、貴様が新たなるクレセント=ヴァルキュリアだと言うのだなっ?!」

底冷えのするような声で、ロドヌスが叫ぶ。

「そうよ、私が、かつて、セリスと呼ばれた、この高村悠が、クレセント・ヴァルキュリアの名を継いだわ。」

そう静かに悠は返す。長剣の柄を軽く握り締める。

「なるほど?では、見せてもらおうではないか。あの頃とどこが変わったかを?」

悠には不慣れな剣を、かつての記憶がささえ、鮮やかな剣戟を繰り広げる。
しかし、それでもなお、ロドヌスの剣のほうが上手だった。

「現世に縛られている不自由さだな、セリス?勝てはせんよ、お前はっ!」

ぎりっと奥歯をかみ締める。
さらに2合、3合と打ち合う。

「その現世を捨てたあなたには何が残っているっていうの?」

横へ大きく薙ぎながら、ニヤリと笑い、言葉を返す。

「世界をすべることの使命感さ。」

悠のあやつる剣がするどくなった。さっきよりも軽やかに、鮮やかに舞う。

「可哀相な人ね、あなた。今というこの時を生きるぬくもりが、どれほどの力を自分に与えてくれるか。
 そんな大事な事すら、忘れてしまったなんて……。私は忘れない。忘れるわけには、いかないっ!
 だから、あなたにも負けないっ!だって、私は、高村悠なんだからっ!」

その声が響いたのとほぼ同時。
ロドヌスの剣は弾き飛ばされた。
あっけに取られた表情で手の先を見やる。
そして、喉の奥で噛み潰すような声を漏らし始めた。

「くく……。」
「くっくっくっくっく……。」
「面白いですよ、私は。これからが楽しくなりそうです……。」
「次に会うときは、もう少し大きな舞台で会いたいものですね……。」
「では、今日のこの時は、失礼させていただくとしましょうか……。」

そういうと、まるで煙に消えるようにロドヌスの姿は消えていった。

ふと気が付くとセンター街の花屋さんの前に立っている自分を、悠は見つけた。
さっきまでのあれは夢だったのだろうか。
一瞬で風景がまるですり変えられるように代わってしまった。

あれは夢だったのか?

『否!』

そう、頭の中で声が響いた気がした。
まぎれもなくあれは現実だったのだ。
手に残る剣の柄の感触とともに、これから何かが起ころうとしている予感が
悠の頭から離れない。

少女はまだ知らない。
ゼノスケープ……地球が見る夢を。
その断片を垣間見た今日からつながる明日を。
これから起こるすべてを。

かくして
少女は、異世界ともいうべき世界に降り立った。
未来はすでに彼の者の手に。
月の戦乙女はしずかに微笑むのみである……。

……………………To be continued

【戻る】
【トップに戻る】