輪廻戦記ゼノスケープ
〜此花咲耶姫〜

著:南雲仁

朝日がさんさんと降り注ぐ。家の庭の桜も、その体にまとった木の葉にいっぱいの光をあびて
いつもよりうれしそうに見える。

初夏

まだ本格的な暑さはないけれど、木々や花達がお日さまの恵みをその身いっぱいにうけて輝く季節。

「行って来ますね。」

庭にある大きな桜の来にそう挨拶すると、学校への道を歩き始めた。
まだ朝のうちだから、そんなに暑くない。

『キモチイイネ……。』

「うん。」

『ソヨカゼガスズシイヨ……。』

「そうだね。涼しいね。」

ささやきかけるのは木や花。
幼い時から植物たちの言う事がわかる。
それは、きっと『ふつうの』人とは相容れない事。
だから、だれにも話した事のない、私だけの秘密、私だけの友達。



15分ほどの道のりを学校まで歩く。
この町は緑を大事にする事をスローガンに掲げているおかげもあって、古い木がかなり残っている。
何十年、何百年という月日を生きてきた木々がさわさわと軽く葉を揺らし挨拶してくれる中を
ゆっくりと歩いていく。

始業時間よりもだいぶ早めに学校につくと、園芸部の持つビニールハウスへと行く。
そこには、可愛いお友達が待っていてくれるからだ。肥料や栄養剤を適量継ぎ足し、水を撒く。
暑くなってきた所だから、さぞかし水が恋しいだろう。

時計を見る。まだ、始業時間までは余裕がある。

「今はまだ暑いけど、がんばってね。」
そうコスモスに声をかける。彼らの晴れ着が見られるのは、まだもうちょっと先だ。

そこで彼女はいぶかしく思った。

いつもなら、彼らが返してくれる筈の答えが聞こえないのである。
どうしたのだろう?
この所暑くなってきたとはいえ、まだ夏の本格的な暑さにはまだだ。
ふと辺りを見回す。
……………………そこは、見知った園芸部のビニールハウスではなかった。
見渡す限り、花畑が広がっている。
咲いてないはずのコスモスも、真夏の風物詩であるヒマワリも、春の花であるところの桜も咲いている。
びゅぅっ!と風が吹き、桜の花がその風に乗って桜吹雪となる。
幻想的で、かつ不可思議な光景である。

『……もしかして、私、倒れているのかしら?』

異様な光景に麻痺しつつある頭でそう考える。
吹き散らされる桜の花びらに呼応するように、ヒマワリが枯れ、コスモスが枯れ、草木が枯れ果てていく。
植物を自分の友とする彼女、木葉朔夜にとって、それは悪夢のような光景となった。

『…………っ!』

悲鳴が声にならない。叫びたいのに、それが何かに抑えられているかのように声が出せない。

「……おや、声もでませんか…………姫?」

突然、声が響く。若い男の声。あざけるように、叩きつけられる声。

「草木などに魂があるなどと、ふざけた事を言う貴女の事だ、きっと大事なお友達とやらを失って茫然自失、
 と言ったところですか?」

にやり、と笑うのが見えたような気がした。
こんな状態にも関わらず、はっきりとした意識の中で、このどうにも消化し難い状況を飲み込もうとあえぐ。

「まぁ、好都合です。貴女が覚醒されると計画が狂いますので、大事なお友達といっしょに消えていただきましょう。」

忍び寄る寒気。殺気。
普段の彼女には無いすばやさが、彼女の体を動かした。
大きく前方に飛び込む。一回転しつつ、体勢を立て直す。
無論、武道など今まで一つもやった事の無い彼女にとって、その身のこなしは奇跡的なものである。

「ちっ。」

いつの間にか目の前に立っていた男が舌打ちする。

「まぁ、いい…………。」

ぶんっ、と風が鳴る。朔夜の体が自分の意志を無視して勝手に反応する。
そして、向かい合う。
手の中に力が集まってくる。
昔の和服のような、それでいて、どこかエキゾチックな衣装が体を覆う。
そして、右手には舞い散る桜の花が光へと収束し、そして薙刀へと姿を変え、納まる。

「くそっ!!!なんてことだっ!!!」

激しくののしり、間を詰める男。

「見苦しいですわ。スサノオノミコト。」

その時、彼女の口から、言葉が漏れた。小さいけれど、力強い声。
そのかすかなセリフは男を釘付けにするのに、充分であった。

「!!」

驚きの色が男の顔を支配していく。

「……………………思い出したのか…………。」
「貴方の予想では、そうではなかったのでしょうけど。」

いまや、自分ではない別の思考が彼女をあやつっていた。
このおよそ通常という言葉を超える範疇での事態は、彼女を少なからず混乱に陥れていた。
が、唇は止まらない。

「あいにく、ここで死を迎えるつもりはありません。私は、この私の現身の少女を守らねばなりませんから。」

自分を自分でない何かが乗っ取っている。異質なモノ。相容れないはずのモノ。
だが、朔夜にとって、それは、まるで、親しい友人……いや、自分自身といるような柔らかい感覚だった。

「……まぁ、いい。予定は狂ったが、貴女には消えてもらう。我等が計画に貴女は邪魔なのだ。」

大きな鎌を掲げたその姿は、まさに死神にふさわしかった。
男の黒い服とあいまって、いよいよその印象を強くした。

しのびよる黒い意識は死の予感。
吹き付ける風は昏い殺気。

「させませんわ。」

自分の腕が、共にいる誰かの意思で動く。薙刀が構えられる。
スサノオノミコトの繰り出す斬撃を、穂先で捌く。その長いリーチを生かして近づかせない。
が、しかし、その動きは目に見えて鈍っていく。

「はははっ!悲しいな、不完全なるものはっ!」

嘲笑が叩きつけられる。
その哄笑をどこか遠くに聞いている自分がいる。
そんな朔夜の頭の中に響く声があった。

『心を開放して……草木や花達と会話するように……。』
『あなたは……誰……?』
『…………コ…ハナサ………ヒメ』
『姫……??』
『私はあなたと体を一とするもの。過去にありて、此花咲耶姫(このはなさくやのひめ)と呼ばれた者。
 今転生によりて、ここにあり、共に生きるもの…………。』
『…………古事記の女神様が……?』
『お願い……心を開放して……このままでは、ここで朽ち果てる事を止む無くされてしまう…………。』
『そ、そんな事を言われたって……………………っ。』
『普段あなたが草木や花々に話し掛けてるように、心を落ち着かせて…………。』
『急に言われても……。』
『できますわ。私の現身であり、私の輪廻を継ぐ貴女なら、きっと。』
『よくわからないですけど…………やってみます……。』

目を閉じる。目の前にいるのは、いつも話し掛けている境内の桜。
大きく枝を広げて、私を見下ろしている。
笑っている時、嬉しい時は、笑いかけてくれて。
泣いている時、悲しい時は、語らず見守っていてくれた桜。

ゆっくりとゆっくりと、心を澄ます。
風のささやきにさえ負けないくらい、静かに。

「…………観念したか。まぁ、それもいいだろう。賢いやりかただ。」
「観念なんてしません。」
力強く即座にそう言い放つ。
ゆっくりと目を開き、男を見据える。

「なんでこんな事になったのかとか、なんで命を狙われるのかとか、聞きたい事はいっぱいありますけど。
 とりあえず、いいです。決まってるのは、ここであなたに殺されるわけにはいかないって事。」
「できると思っているのか?」
「わかりませんけど……出来るって信じてみます。」
「信じる?甘い言葉だ事で。」
「信じる事無しに、何が出来るというのです?」
「出来るさ。貴女を消す事も、この世界を変える事も。」
「自信ですか?」
「いや……事実さ。」

男の持っている剣が光を帯びる。闇すらも焼き払うかのようなまばゆさの光だ。
朔夜の持つ薙刀も、呼応するかのように、風を纏う。
舞い散っていた桜の花びらのひとひらが、はらりと地面に落ちる。
その瞬間、二人が同時に動いた。


斬ッ!


鈍い音が響く。
くず折れるより前に、霞にまぎれるがごとく消え去る男。
空中に声が響く。
「今は退くとしましょう。今宵は我が失策を恥じるに留めて……。」
それは、男が残した次の始まりへの合図。
とりあえずの終焉。

景色がぼやける。
身に付けていた古代風に着物も、薙刀も、光に解けていくように形を失い、気付いた時には、元のビニールハウスに座り込んでいる自分がいる。

「…………夢かな、今の。」

そう呟いてみる。

『いいえ……。』

そう答える声がある。

「…………そう…………なんだ。」
『ええ……。』

ふと、視線が時計に落ちる。

8時25分…………。

「えっ!」
『どうかしたのですか?』
「あっと、ごめんなさいっ!話は後でっ!」

いそいでかばんを拾い上げてビニールハウスを出る。
当然ダッシュだ。
始業時間まであと5分。
それは、今までと変わる事のない日常の一コマ。
今の確かな時間。

少女はまだ知らない。
ゼノスケープ……地球が見る夢を。
その断片を垣間見た今日からつながる明日を。
これから起こるすべてを。

静かに語りかける友を守る力。
優しき声を守るべく、彼女もまた、異世界へと赴くのだ……。


……………………To be continued

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